蓄積ヒストリー

内向型女子29歳。もがく日常、まちの歴史ものがたり。

私、自己否定の渦を脱しました―自分を責める苦しみに悩んでいたら―


社会の役に立たなきゃ
うまく話さなきゃ
経験を積んで荒波にもまれなきゃ

人のために行動しなきゃ
周りはもっと頑張ってる
視野が狭すぎ
考え浅すぎ

テンパっちゃダメ
思いやりがなく気遣いできない
全部できない

 

…すべて、2017年の私の日記に書かれていた言葉です。
読むだけでも、心がすさみますね。

3年前、私は自己否定の渦の中にいました。
自分は何もできず、無価値な人間だと思っていた。価値ある人間になるため、頑張ろうとするけど、全部から回り。
毎日もやもや、心が荒れていました。

世界は今、激変しています。
これまでの日常が、非日常になってゆく。

3年前は、やろうと思えばなんでもできました。なのに、自己否定に囚われて時間を無駄にしてしまった…
後悔が波のように押し寄せます。

今の私が心から思うのは、
「無価値な人はいない」
ということ。

いつか、これでいいんだと思える日が来ます。
今日は、何かヒントになればと思い、お話していきたいと思います。

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3年前の自分を支配していたのは、
「~しなきゃダメ」「~すべき」という思考でした。

「経験を積んで、充実した人生を送りたい」「自立した生活を送りたい」

そんな気持ちが強かった。
そのために、仕事をテキパキこなし、一人暮らしをしたかった。

でも、内向型の私にとって、テキパキ仕事は大の苦手。人とスムーズに調整したり、マルチタスクを効率よくこなしたり、うまくできません。
一人暮らしは、親に強く反対され、なかなか実行できませんでした。

☆内向型についてはこちらの記事を参照してください

chikuseki-history.hatenablog.com

 
そのうち、自分を責め始めます。
「お金もらって働いてるのにその様はなんだ」
「実家暮らしのお気楽過保護娘め」
自分の声が、自分を消耗させていました。

当時の私は、箱の中に入っていました。
自分で作り上げた、「べきべきボックス」。
箱の中にいると、自分ができないことばかり、クローズアップしてしまいます。

あれはダメ。これ苦手。欠陥だらけ。
もしかして病気なんじゃないか?

できていることもあったのに、完全に無視していた。うまくいかない中でも、できることはあったのに、やる前から諦めていた。

できることは何もないと思い込んでいました。

思い込みは、さらに行動力を奪います。
何かやってみようと思っても、
「〇〇になったら嫌だし」「どうせ自分にはできないし」
自分を縛り付けて、もがいていていました。

べきべきボックスから出られたきっかけは、当時の恋人と別れたこと。
合わない相手だったのに、「ありのままの相手を愛さなくちゃ」と我慢を重ねていました。自己否定にまみれた当時の私にとって、「恋人がいる」ということは、「自分に価値がある」ことの証拠だった。
愛情は執着になっていたのに、無駄な真面目さも相まって、なかなか手放せませんでした。

我慢が消え、自分がつらかったことに気がつきました。「つらい」という感情を、初めてリアルに味わった瞬間。

自分にスパルタしすぎて、心がズタズタだったのに驚きました。
気が付かないって、いちばん怖いな…。

やがて、「~しなくちゃ」で抑え込んでいた心のスペースに、ありのままの感情が戻ってきました。

戻ってきた感情が教えてくれたのは、自分が本当に好きなこと。楽しいこと。
ちょうど、自分が内向型と知ったのもこのころです。

正直に、一つずつ実行に移し始めました。
やってみたい、という気持ちがどんどん湧いてきた。

ひとり旅。
ハロプロ現場参戦。
暗渠めぐり。
ブログ。
一人暮らしも、友人を巻き込んで両親を説得し、実現させました。

できないことばかりに目を向けていたけど、やりたいことを1つずつやっていくうちに、ちゃんと生きてるな、と思えるようになりました。

今日も出勤したからすべて良し、とか。
電話に3本も出て上出来、とか。会議で発言した自分最高、とか。
こんなに頑張ってるもん、週末の現場参戦、はっちゃけるで!!
仕事の山越えたら、ひとり旅で放浪じゃ!!

自分がやっていること、ひとつひとつが尊く思えてきた。小さくてもいい。できていることに目が向くようになってきた。

確かに苦手なこともある。人並みにできないこともある。
でも、内向型らしく、自分のベストをつくせば、それでいい。適当でいっか。

気が付いた時、べきべきボックスは消えていました。

人生を充実させなきゃという切迫感は消え、気づいたら人生が充実していました。様々な経験を積むことができました。
人生を充実させるために、無理に維持していた人間関係や活動は、自然と手放していました。

自分は無価値だと悩んでいる人へ。
自己否定で苦しむ人へ。
自己肯定したいのに、できなくてもがいている人へ。

つらくないですか?
このくらいでつらいと思っちゃいけない?
周りはもっと頑張ってる??
いや、つらいと思うのはあなた自身。

どうしても、つらいと思えない。
だけど、心はモヤモヤしている。
そんなときは、信頼できる人に今の状況を話してみて。
「そんなのつらくて当たり前だよ!」「自分を律しすぎだよ!」
そう言ってくれるかも。
カウンセラーさんに話を聞いてもらうのも手。(私も職場の相談制度を利用しました。やはりプロに聞いてもらうと、自分の心を整理し、客観視できます。)

自分がつらいことに気が付いたとき。何がつらい原因なのか、わかったとき。
つらさが大半を占めていた心に、新たな感情が入る余地ができます。
道が拓けます。

今日は何ができましたか?
朝起きた。ごはんを食べた。会社に行った。人と話した。
すばらしい。できてることがたくさんあります。

何もできなかった?
いやいや、トイレ行ったでしょ。何かしらやろうとしたでしょ。息してるでしょ。
生きている。すばらしい。ザ☆ピ~ス!

やってみたいことは何?
調べるだけでも一歩進む。
好きなものはなに?
お気に入りの時間を、意識して取ってみる。

穴だらけにみえる自分も、穴だけを見ずに全体を見てみたら?
出来ていることがたくさんある。
いろんな経験を積んだから、今ここにいる。
穴は、あなたという人に味を出す重要な要素かも。

自分を責めることが出来る人は、自分を冷静に見つめ、成長できる人です。人の痛みもわかる人です。

苦手や、できないことは誰にでもある。
できないからといって、存在価値がないわけではない。できることもたくさんある。

あなたらしさが必ずある。

なんで学校や親は教えてくれないんだろう。
世間並にできろ、チームワークが得意な子ほど素晴らしい。
そんな考えが蔓延しています。

もちろん、親は子の幸せを願ってのこと。だけど、親と子の人生は別なんだよな。

正直、私は、自己否定に浸っていた時間を、まだ「必要な時間だった」と思えません。
その時間で、旅も、ライブも、もっとたくさん行けたのに。
会いたい人にたくさん会えたのに。
何やってたんだろうって思います。

だけど、過去はやり直せません。
明日は作れます。
今しかできないことがある。

後悔している暇があったら、状況を逆手にとって、がむしゃらに生きる。
今、生きていることが尊くて、たまりません。
周りの人に、素直に感謝の気持ちが湧きます。
嫌な人もいるけど、自分に何かを教えてくれるために出会った人。
気づけば、過去も、美しく昇華するのかな。

つらさに気づき、できていることを見つめる。
好きなものを好きと言う。
きっと、「私は私」と思えるようになります。

 ☆本記事と被る内容もありますが、「内向型」と「真面目さ」という視点から「自己否定脱出」までの過程を書いた記事もあります。よろしければご覧ください。

chikuseki-history.hatenablog.com